徳島地方裁判所 平成8年(ヨ)54号 決定 1997年6月06日
債権者
加林武
債権者
伊澤登
右両名代理人弁護士
林伸豪
右同
川真田正憲
債務者
有限会社中央タクシー
右代表者代表取締役
和田吉郎
右代理人弁護士
田中浩三
右同
田中達也
主文
一 債権者加林武は、債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者加林武に対し、三八〇万三九四一円及び平成九年六月から毎月一〇日限り三〇万八六五〇円を仮に支払え。
三 債務者は、債権者伊澤登に対し、七〇万六九二七円を仮に支払え。
四 債権者伊澤登のその余の申立を却下する。
五 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申立の趣旨
1 債権者加林武は、債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者加林武に対し、一〇万〇一四一円を仮に支払え。
3 債務者は、債権者加林武に対し、平成八年六月から毎月一〇日限り三〇万八六五〇円を仮に支払え。
4 債務者が債権者伊澤登に対してなした平成八年三月八日付出勤停止及び同月一八日付出勤停止の意思表示の効力を仮に停止する。
5 債務者は、債権者伊澤登に対し、七〇万六九二七円を仮に支払え。
二 申立の趣旨に対する答弁
本件申立をいずれも却下する。
第二当事者の主張
一 債権者らの主張は、申立書のほか各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。
二 債務者の主張は、答弁書のほか各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。
第三当裁判所の判断
一 被保全権利について
1 当事者(雇用契約等)
以下の事実は当事者間に争いがない。
(一) 債権者加林武(以下、「加林」という。)は、昭和五八年四月に債務者にタクシー乗務員として雇用され、債務者から一ケ月平均三〇万八六五〇円(翌月一〇日払い)の給与を受けていたものである。
(二) 債権者伊澤登(以下、「伊澤」という。)は、昭和五八年四月に債務者にタクシー乗務員として雇用され、債務者から一ケ月平均二五万一三五七円(翌月一〇日払い)の給与を受けていたものである。
(三) 債務者は一般貸切旅客自動車運送事業(タクシー運送業)を営むものである。
以上によれば、債権者らは、いずれも債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあり、かつ賃金請求権を有している。
2 加林に対する解雇の効力
債務者は、抗弁として、平成八年三月二二日、加林に対し同年四月二二日付で普通解雇する旨通告した(以下、「本件解雇」という。)から、これにより同人はすでに雇用契約上の権利を有する地位になく賃金請求権もないと主張する。すなわち、加林が組合活動の一環として配付したビラの内容が不用意な流言飛語で、債務者や債務者代表者個人を誹謗中傷するものであったこと、加林の債務者に関するこれまでの一連の言動は、債務者の信用を失墜させその事業遂行を妨げるものであったから、本件解雇は就業規則三〇条一項2号に定める解雇事由があると主張する。
そこで検討するに、まず、債務者は就業規則三〇条一項に解雇事由を列挙しているが、このような場合、使用者は解雇権を行使しうる場合を就業規則所定の事由がある場合に自ら限定したものであるから、解雇事由がそのいずれにも該当しない場合は当該解雇は無効と解すべきである。
次に、疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。
(一) 加林は、債務者のタクシー乗務員を中心として構成する全国自動車交通労働組合総連合会徳島地方連合会中央タクシー労働組合(以下、「組合」という。)の委員長であり、伊澤は組合の書記長である。
(二) 平成八年二月一四日、組合に所属する債務者の女子従業員が、幹部職員からセクハラ行為の被害を受けたとして抗議したところ、逆に債務者から正当な理由もなく解雇されたとして、債務者を相手に従業員地位保全の仮処分を申立てたことがあり(当庁平成八年(ヨ)第二一号従業員地位保全仮処分申立事件、以下、「別件仮処分」という。)、この事件は、翌日の地元新聞やテレビで大きく報道された。
(三) 組合は、別件仮処分を支援するとともに、裁判外でも右女子従業員の解雇撤回を求める運動を開始することを決定し、その一環として組合委員長の加林が責任者となり、債務者による女子従業員の解雇を批判する内容のビラ(<証拠略>、以下、「本件ビラ」という。)を作成し、平成八年三月一七日、加林、伊澤ら組合員数名が、徳島駅前で一時間ないし二時間の間に約五〇〇枚配布した。
(四) 本件ビラは、「セクハラに抗議した女性三人を解雇」「中央タクシーグループは不当解雇を撤回せよ」と大文字で見出しを付け、「一月三一日、中央タクシーグループの無線配車に従事する女性が男性管理職にセクハラをうけ、それを抗議した本人と女性上司、同僚の三名が会社に解雇されました。『こんな理不尽は許せない』と二月一四日徳島地裁に地位保全の仮処分を申し立ててたたかっています。」と別件仮処分に至った経緯を詳しく記載していることのほか、<1>債務者代表者の個人名を明らかにして、「和田社長自ら、Bさんが入社したとき『ひとり暮らしなのに、やっていけるんか、わしの女になるんだったら金ぐらい出してやる』と何度も言っていたのです。結婚式場(祥雲閣)を経営する社長の言動とは思えません。」との記載、<2>別枠をもうけて「中央タクシーグループとは」と少し大きめの字体で見出しを付けた上、「和田社長が経営する企業グループで、中央・相互・蔵本・巴タクシーのほか、結婚式場の祥雲閣、料亭の渭水苑などがあります。」との記載等がある。
(五) 本件ビラの記載内容のうち、別件仮処分に至った経緯に関する部分は、同事件の仮処分決定でもほぼ同様の事実が認定されているところであるから、その記載内容が虚偽であるということはできない。また、前項の記載<1>の内容については、当の女子社員が債務者代表者の具体的発言内容はそのとおりであったことを認めている。さらに、前項の記載<2>の中央タクシーグループの説明内容も事実に合致しているし、結婚式場の祥雲閣、料亭の渭水苑などが中央タクシーグループの一員であることは、徳島市を中心にかなりの程度周知されているところである。
(六) 加林らが本件ビラを配布した日の翌日である同月一八日、債務者代表者は、加林に対し、右ビラの内容に抗議して、「組合は会社を潰そうとしている、わしは会社を守る立場上、お前に、二、三日中に解雇を申し渡す。」「裁判で負けてもお前の年は五〇歳くらいだろうから定年の六〇歳まで月三〇万として、三六〇〇万円払ったら済むんじゃそれくらいの覚悟はある。」等と申し向け、さらに、同月二二日、「加林がおると会社は潰れないかもしれんが、えらい損害を受ける。」と申し向け、同年四月二二日付で解雇する旨通告した。
以上の事実を前提に、加林の行為が就業規則三〇条一項2号の「反社会的行為により会社の名誉及び信用を傷つけ従業員として不適当と認めたとき。」との要件に該当するかどうかを検討する。
まず、加林のビラ配布行為は、前記(三)のとおり、組合活動の一環としてなされたもので、加林は委員長の立場でこれに参加したものであるが、本来、労働組合は文書活動を重要な運動手段としており、文書によって職場環境の実情を外部に訴えることは当然認められなければならないから、その内容が事実であれば使用者がこれを受認しなければならないことは当然である。そこで、本件についてこれを見るに、本件ビラの内容は前記(四)のとおりであるが、債務者が特に問題とする記載<1>、<2>の内容は、前記(五)のとおりいずれも事実であると認められる(債務者は、記載<1>のような発言をしたことは事実であるが、それは軽い冗談であって趣旨が違うと弁解するが、仮に冗談としても新入女子社員に対する発言内容としてはなはだ適切を欠くばかりでなく、そういう言葉を受け取る側の気持ちを全く無視した一方的な弁解である。)。また、債務者は、本件ビラが、あたかも中央タクシーグループの一員である結婚式場・祥雲閣や料亭・渭水苑においてもセクハラ行為が行われたような印象を与えかねないと主張するが、本件ビラの内容を見ると、前記(四)のとおり「結婚式場(祥雲閣)を経営する社長の言動とは思えません。」と意見にわたるような記載がある他には、右結婚式場や料亭でセクハラ行為が行われているとの記載はないし、そもそも、債務者の女子従業員のセクハラ問題は本件ビラの配布より先になされた別件仮処分に関するマスコミ報道によって中央タクシー他同グループ二社のタクシー会社における問題であることが明らかにされていたのであるから、債務者の右主張は理由がない。
次に、債務者は、加林が、これまでに債務者代表者に対し、「会社が従業員を殺した。」とか「和田社長が相互タクシーを買えたのは組合がいろいろと会社に対して攻撃をしかけ会社が経営困難に陥り、手放すようにしむけたからだ、もっと買えるようにしてあげようか。」等と会社に嫌がらせをして会社を潰そうと意図する言動を繰り返してきたと主張している。しかしながら、このような事実を認めるに足る疎明はない。確かに疎明資料によれば、以前債務者の運転手が帰宅途中に事故死する事件があった際、加林は、会社のノルマが厳しいため過労になった事がその原因であると考えて、会社に対しノルマの撤廃を申し入れたことがあったが、執務状況の改善を求めること自体は従業員として当然なし得ることである。ところで、加林は、組合委員長としての立場上、債務者代表者に対し時に不穏当な発言をすることが無かったわけではないが、前記(六)の発言内容からも伺えるように、債務者代表者は加林に対し過剰に反応しすぎた嫌いがあり、それは債務者代表者が組合活動を行う加林を嫌悪し同人を会社から排除しようとする意図を有していたことを窺わせかねないほどである。
以上のとおり、債務者が指摘する加林の言動は、いずれも正当な組合活動として、あるいは従業員としての立場から当然認められるべきものであるから、反社会的行為であるとは到底いえず就業規則三〇条一項2号には該当しない。その他、加林について就業規則三〇条一項各号に掲げる事由があるとの疎明もない(なお、債務者が主張するような就業規則五条一項1、2、8、9号の服務規律に違反するとか同六六条7、17、27号に該当するということもない。)。
よって、本件解雇は無効であり、債務者の前記抗弁は理由がないから、加林は債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあり、かつ賃金請求権を有している。
3 伊澤に対する出勤停止処分の効力
債務者は、抗弁として、伊澤に対し、平成八年三月八日付及び同月一八日付各一〇日間の出勤停止処分をしたので、同人はその期間中の賃金請求権を有しないと主張するので検討する。
(一) 平成八年三月八日付出勤停止処分
債務者は、伊澤が、同月七日、当庁で別件仮処分の審尋が行われた際、組合書記長として、何ら許可も届出もないまま債務者のタクシーを利用して裁判所に赴いたのは、就業規則六条4号、六六条34号等に違反し組合活動の限界を超えるとして、始末書を書くよう求めたが、同人がこれを拒否したので、同六五条一項4号、六四条5号に基づき平成八年三月八日付で一〇日間の出勤停止処分をしたと主張する。
しかしながら、始末書の提出命令は、懲戒処分を実施するために発せられる命令であって、労働者が雇用契約に基づき使用者の指揮監督に従い労務を提供する場において発せられる命令ではないこと、また、始末書の提出の強制は個人の意思の尊重という法理念に反することから考えると、右命令は、懲戒処分発動の要件となるべき業務上の指示命令には当たらないというべきである。そうすると、本件で、債務者が、伊澤の始末書提出拒否を就業規則六五条一項4号の業務上の指示命令違反として、同人に対し同六四条5号に基づき出勤停止処分を行うことはできないといわなければならない。
なお、疎明資料によれば、伊澤は、別件仮処分の審尋が行われた際、同事件の申立人の一人を有料乗車して当庁まで届けた上、自身も、午後二時四五分頃債務者に対し休憩に入る旨の無線連絡を入れてから同四時頃に休憩終了の無線連絡を入れるまでの間約一時間一五分の休憩をとって組合の裁判支援活動に参加していることが認められる。しかし、本来休憩時間をどのように使用するかは従業員の自由であり(労働基準法三四条三項、就業規則三四条一項)、また、タクシー運転手の業務内容から見て休憩場所を何処にするかはその裁量に任されていると考えられる。しかも、疎明資料によれば、債務者は、就業規則三三条一項別表2のとおりタクシー運転手に一勤務二時間の休憩時間を認めており、かつ、同別表2の定めにかかわらず休憩時間をどの時間帯でとるかはタクシー運転手の裁量に任されており、一時間を超えて二時間まで連続して休憩時間をとることも事実上容認されていたことが認められる。そうすると、伊澤が当庁まで別件仮処分の申立人を有料乗車させたことは勿論正当な業務であり(債務者は別件仮処分の申立人を乗車させたことを問題とするが、債務者がタクシー運転手に対し特定の乗客の乗車拒否を命じることが許されないことはいうまでもない。)、当庁を休憩場所に定めたことも休憩時間が連続して約一時間四五分に及んだことも問題がない。そして、休憩時間をどのように使用するかは伊澤の自由であることは前記のとおりであるから、その時間に組合の裁判支援活動に参加することも何ら問題ない。したがって、伊澤の前記行動を理由として同人に対し出勤停止処分をすることも許されない。
(二) 平成八年三月一八日付出勤停止処分
債務者は、伊澤が前項の始末書を提出しないことに加え、同月一七日に前記2、(三)のとおり徳島駅前で本件ビラを配布したとして、就業規則六六条1号違反を理由として、再度同月一八日付で一〇日間の出勤停止処分をしたと主張する。
しかしながら、始末書の提出拒否を理由に出勤停止処分をすることが許されないことは前項で見たとおりであり、また、本件ビラ配布行為に問題がないことも前記2、(三)ないし(五)で見たとおりである。したがって、伊澤に対し出勤停止処分をする理由はない。
以上のとおり、平成八年三月八日付及び同月一八日付各一〇日間の出勤停止処分によりその期間中の賃金請求権がないとする債務者の抗弁は理由がない。さらに、疎明資料によれば、債務者は、平成八年三月二七日、就労を求めて出社した伊澤に対し、再び始末書の提出を求め、伊澤がこれを拒否すると、今度は始末書を提出するまで出勤を停止とすると申し向けて引き続き就労を拒否したため(これが許されないことは前記のとおりである。)、伊澤は、同年五月二日、本件仮処分を申立てざるを得なくなったこと、その後、同年五月二八日になってようやく債務者との間で話し合いが持たれ、同年六月一日から再び就労することになったことが認められる。
したがって、伊澤は平成八年三月八日から同年五月三一日までの賃金請求権を有している。
4 以上のとおりであるから、債権者両名につき、いずれも被保全権利を認めることができる。
二 必要性について
1 疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。
加林は、昭和五八年四月の入社以来一貫して債務者会社に勤務し、債務者から得られる給与が唯一の収入源であった。そして、その勤務実績については債務者代表者も認めるほどであったが、突然の本件解雇通告により平成八年四月二二日以降債務者から就労を拒否され、以来、他に就職することもできず、収入の途をたたれたままである。伊澤も昭和五八年四月の入社以来一貫して債務者会社に勤務し、債務者から得られる給与が唯一の収入源であった。
2 右の事実に加え、加林は、債務者の従業員として社会保障、福利更生施設の利用を受ける利益があることを考慮すると、債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位を定め、かつ賃金仮払いの仮処分を求める必要性があるというべきである。そして、賃金仮払いを命じる金額や期間、さらにこれに加えて雇用契約上の権利を有する地位の保全を命じることに対しては、本来債権者に生じた差し迫った生活の危機を回避するのに必要な限度にとどめるべきであるという考え方もなくはないが、本件は、前記一で検討したとおり被保全権利の存在が明らかであることも考慮して、請求どおり認容するのが相当である。なお、平成八年四月分の未払額一〇万〇一四一円及び同年五月ないし平成九年四月分の三七〇万三八〇〇円合計三八〇万三九四一円はすでに履行期が到来しているから一時金の支払いを命じるのが相当である。
3 次に、伊澤に対する本件各出勤停止処分の効力を仮に停止する必要性があるか否かについて検討するに、これらの処分はいずれも一〇日間の期限付きであるし、前記のとおり、引き続き債務者の就労拒否があったものの平成八年六月一日から伊澤は再び就労しているから、すでに右必要性はなくなったというべきである。しかしながら、伊澤が求めている賃金仮払い仮処分については、就労を拒否された期間が短期間とはいえ、前記のとおり唯一の収入源をたたれたことにより、平成八年三月分の不足額二〇万四二一三円及び同年四、五月分の五〇万二七一四円の合計七〇万六九二七円を他から工面する必要に迫られたことは否定できないから、右金員の仮払いについては必要性を肯定するのが相当である。
三 よって、本件申立のうち、加林の申立及び伊澤の申立のうち賃金の仮払いを求める部分についてはいずれも理由があるから、事案に照らし担保を立てさせないでこれを認容することとし、伊澤の申立のうち本件各出勤停止の意思表示の効力を仮に停止することを求める部分は保全の必要性がないから却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 大西嘉彦)